齊藤惇日本画美術館(愛称

房総半島大原漁港近く潮騒の聞こえる美術館です。父齊藤惇(あつし)の日本画、祖父齊藤泰一(たいいち)が山口菜香亭で使った洋食器ピリヴィ、姉鈴木美絵子(みえこ)の日本画、私齊藤泰嘉(やすよし)の研究している東京都美術館生みの親佐藤慶太郎翁や農漁村美人画などを順次ご紹介します。2018年11月19日、開館いたしました。お越しの際は事前予約をお願いします。
齊藤泰嘉さいとうやすよし(館長、筑波大学名誉教授)The Starry Garden Museum in Memory of Atsushi Saito was open to the public on Monday 19th
November, 2018. Call Yasuyoshi Saito before you visit.
090- 9203-9540 0470‐67‐4085 
hoshinoojisamabijyutsukan@ab.auone-net.jp

最新情報

2018.12.15
さらに予定を変更し、12月は21日から24日までの開館とさせていただきます。
2018.12.12
12月は16日から開館の予定でしたが、17日から24日までの開館に変更いたします。
2018.12.07
12月は16日から24日まで開館の予定です。2019年は1月初めから3月末まで冬季休館します。4月から開館の予定です。
2018.12.07
11月19日から27日まで開館し、千葉多摩美会はじめ数多くの皆様にご来館いただきました。お礼申し上げます。
2018.11.19
齊藤惇日本画美術館(愛称★星のおじさま美術館)が2017年夏からの開設作業期間を経て、2018平成30年11月19日(月)無事に開館いたしました。ご協力いただきました皆様に心よりお礼申し上げます。
2018.11.13
カレン・ペンス米国セカンドレディと安倍昭恵首相夫人はアートセラピーを支援しています。米国大使館からの助成を受けて筑波大学にアートセラピー講座が2019年度より開設されることになりました。米国大使館でその発表会があり、筑波大学からは齊藤泰嘉ならびに村上史明助教、卒業生水上理帆(千葉県立大原高校教諭)、筑波大学附属病院学生ボランティアチームのアスパラガスのメンバーが招かれて出席しました。
2018.10.05
美術館は11月に開館します。お越しの際は事前予約をお願いします。11月は19日から27日までならどの日でも開いております。
2018.10.05
齊藤惇が初代会長をつとめていた千葉多摩美会。その皆様が11月23日に美術館を訪れてくださる予定です。お待ちしております。
2018.10.05
10月1日の講演会は台風一過の秋晴れに恵まれ、予定通り行うことができました。ご来場の皆様ありがとうございました。
2018.08.09
佐藤慶太郎顕彰会からのお知らせです。都民の日10月1日(月)午後2時から3時まで東京都美術館講堂にて「美のこころざし—石炭の神様・佐藤慶太郎と東京都美術館」と題した講演会があります。主催は東京都美術館、講師は齊藤泰嘉、開場は午後1時30分です。入場無料、予約不要、先着順です。「公私一如」の精神で美術館建設費100万円(現在の30数億円)を寄付した芸術支援の人、佐藤慶太郎翁の「美のこころざし」について考えます。皆さんと会場でお会いできるのを楽しみにしております。
2018.08.03
東京都美術館生みの親である佐藤慶太郎翁の生誕150年を記念し、10月1日(月)午後2時から3時まで上野公園東京都美術館講堂において「美のこころざし—石炭の神様・佐藤慶太郎と東京都美術館」と題した講演会があります。講師は齊藤泰嘉です。日本にも美術館がほしいという岡倉天心や横山大観ら日本の美術関係者の夢をかなえてくれたのが佐藤慶太郎です。講演会ではその生涯を追いながら、なぜ九州若松出身の石炭商が東京府に建設費100万円(現在の30数億円)をたった一人で寄付したのかについて皆さんと一緒に考えます。美のこころざしを遂げた爽やかな明治男の物語をお聞かせします。入場無料、先着順で午後1時30分開場です。皆様お出かけください。会場でお会いしましょう。
2018.08.02
7月に姉夫婦(鈴木広文、美絵子)と泰嘉で力を合わせて約10点の額縁交換作業をしました。
2018.07.09
6月30日に実家の千葉県四街道市から齊藤惇画伯日本画15点(春の院展出品作10点、秋の院展出品作5点)を東京の岡村美術運送店さんの美専車で大原ログハウスまで運んでいただきました。搬入には千葉多摩美会員で彫刻家の川越三郎氏に協力していただきました。目下、ログハウスに合わせて小型作品の額縁を白木に交換作業中です。
2018.06.05
6月26日に千葉県佐倉市民カレッジにおいて「房総ゆかりの作家—波の伊八と葛飾北斎」と題してレクチャーします。北斎は木更津上陸後どの街道を通って行元寺(いすみ市)に到着したのか、実際に木更津港を起点に現地を歩いた北斎ウォークを紹介します。行元寺には北斎の《神奈川沖浪裏》に影響を与えたといわれる伊八の欄間彫り物《波に宝珠》が あります。果たして北斎はこの彫り物を見たのかどうかを考えます。両者にはキュビスムに通じる東洋の動的遠近法(三遠法)の使用という共通点があります。また、北斎や伊八の作品はなぜ国宝にならないのかという素朴な疑問についても考えます。美術館では波の伊八の紹介もします。

齊藤惇日本画美術館(愛称★星のおじさま美術館)がオープンしました。

齊藤惇日本画美術館(愛称★星のおじさま美術館)

ここは日本画の新たな聖地、“千葉の五浦(いづら)”、大原です。外房いすみ市大原漁港から車で南へ走ること5分。怒涛逆巻く断崖絶壁の海岸線に出ます。その断崖の頂には、懸造りの七福天寺があり、寺の麓にある昼なお暗い隧道を抜けると、伊勢海老漁の人のみ通う秘境の入り江へと辿り着きます。その砂浜に立てば岡倉天心や横山大観が北茨城五浦で見ていた堂々たる朝日と黄金の海をあなたも独り占めにすることができます。房総の名工波の伊八の龍のように跳ねて砕ける白波が、千年の孤独も憂愁も1秒で消し去ってくれます。その海辺の森に緑色の三角屋根のログハウス、齊藤(さいとう)(あつし)日本画美術館(愛称★星のおじさま美術館)があります。星降る夜には、ゴッホの描いた《星月夜》を走る銀河鉄道の始発駅となり、ダイアナ・ロス♪エンドレス・ラブ♪の流れるピアノバーに変身します。

齊藤惇(1925大正14年-2009平成21年)は山口市の料亭菜香亭(さいこうてい)3代目主人齊藤泰一(たいいち)の末息子として生まれ、多摩造形芸術専門学校(現多摩美術大学)で郷倉千靭(ごうくらせんじん)教授(日本美術院同人)に師事。日本画を学びます。学徒動員の後に復学し、日本画科を首席で卒業。1948昭和23年には森兼幸子(もりかねさちこ)と結婚。長女美絵子(みえこ)、長男泰嘉(やすよし)の2人の子をもうけます。1955昭和30年、青雲の志を抱いて山口から千葉県佐倉市に移り住み、佐倉市立南部中学校教員となります。以後、房総の地が第二の故郷となり、四街道中学校でも教鞭をとります。院展で入選、入賞を重ね、日本美術院特待になります。

初期、30代の絵では身のまわりの動植物や房総風景を画題とし、幾何学的な構成美を追求します。中期、40代には幻想的心象風景の表現へと変化します。九州や北海道を旅し、キリスト教の教会堂や修道院を変幻自在の雲と空に包んで描いたのもこの頃です。1975昭和509月、第60回院展出品の《天草の教会》で初の奨励賞を受賞。翌月に恩師郷倉千靭先生の他界という突然の悲しみに出あいますが、これを乗り越え、1978昭和53年、第63回院展入選の《矢切》で日本美術院特待になります。1984昭和59年には千葉県美術会常任理事に就任。後期、50代後半から中国、インド、フランスなどを旅して世界遺産のある風景を雄大かつ細密に描き、その崇高さを表現する超越的画境を確立します。

晩期、70代後半からは、かつて30代に描いた房総の身近な風景に再び取り組むようになり、そこに生きる子どもや若者の暮らし、さらに印旛沼の夕景、片貝や御宿など漁港の賑わい、白浜町野島崎の灯台などに目を向けます。2002平成14年には地域文化功労者文部科学大臣表彰を受けます。また、2003平成15年《東京ミレナリオ》(8度目の奨励賞受賞)で描いた丸の内の夜景など現代都市の華麗な幻影を日本画で描くことに果敢に挑戦します。

瑠璃光寺(るりこうじ)五重塔やザビエル記念聖堂など西の京山口という歴史の町に育ち、里山里海の自然に恵まれた房総の地で才能を開花させた齊藤惇は、東京都美術館が発表の舞台である日本美術院など中央で活躍するとともに千葉県という地域で日本画の発展を推し進め、後進を育てることに情熱を注ぎました。佐倉市ユーカリが丘にあるNHK文化センターでは長年にわたり日本画教室の講師をつとめました。母校である多摩美術大学校友会名誉理事として、また、千葉多摩美会の初代会長として後輩への温かい指導を惜しみませんでした。

この美術館では齊藤惇の初期作品から絶筆まで約30点を年代順で展示し、その画業を紹介します。初期作品では、《にわとり》(1957昭和32年)、《泰山木》(1958昭和33年、院展初入選作)、《鉄塔と月》(1959昭和34年)、《サーカス》(1963昭和38年)、中期作品では《天主堂の島》(1972昭和47年)、後期作品では《月光》(1994平成6年)、《江南風景》(1994平成6年)、晩期作品では《舞う》(2002平成14年)、《映》(2003平成15年)、《東京ディズニーランド》(2004平成16年)などをご覧いただけます。

齊藤惇は日本美術院を創立した岡倉天心や横山大観を敬愛し、また、ドイツ・ロマン派のC.D.フリードリヒや異端の画家リチャード・ダッド、現代美術家アンゼルム・キーファーなどに関心を寄せ、さらに東洋の遠近法である三遠法を研究するなど古今東西の美術に学び、新しい日本画の創造と教育を生涯貫きました。また、“不思議さの美”に惹かれる若い感性を持ち続けました。齊藤惇日本画美術館の扉を開けた皆さんが、帰ってきた星のおじさまと出会えることを願ってやみません。(館長 齊藤泰嘉)

 

齊藤惇日本画美術館(愛称★星のおじさま美術館)

298-0004

いすみ市大原26929

TEL 0470-67-4085

JR外房線大原駅より車で10

開館日不定期(完全予約制のため事前予約をお願いします)

予約連絡先★さいとうやすよし携帯 090-9203-9540

美術館ホームページとツイッター★星のおじさま美術館で検索

美術館建物と駐車場
美術館入口
美術館1階吹き抜けホール
美術館2階ギャラリー

米国大使館でのカレン・ペンス米国副大統領夫人歓迎会

2018.11.13カレン・ペンス副大統領夫人歓迎会(米国大使館提供)

齊藤泰嘉による講演会「美のこころざし—石炭の神様・佐藤慶太郎と東京都美術館」

日本画家齊藤惇を記念して In Memory of Atsushi SAITO

齊藤惇 さいとう・あつし Atsushi SAITO
1925   大正14 山口県山口市生。父親は料亭菜香亭3代目主人齊藤泰一。
1948 昭和23 多摩造形芸術専門学校(現多摩美術大学)日本画科を首席で卒業。
1958   昭和33 第43回院展に《泰山木》が初入選。以後、同展で入選入賞を重ねる。
以後、日本美術院特待、千葉県美術会常任理事、多摩美術大学校友会名誉理事となる。
1993 平成5  千葉県教育功労者表彰(芸術文化の部)。
2002 平成14  地域文化功労者文部科学大臣表彰。
2009 平成21 千葉県にて病没。

収蔵先 千葉県立美術館 佐倉市立美術館 天童市立美術館 足立美術館 松岡美術館 
城西国際大学 四街道市役所 佐倉市立志津図書館 聖隷佐倉市民病院 取手協同病院 成田日本赤十字病院 山口市民会館 山口県立山口高等学校 自然の泉研修センター 岐阜信用金庫 (順不同)

個展  山口市民クリエイティブ・スペース赤れんが(1994)佐倉市立美術館  (1998) 
ちばぎんアートギャラリー(2001)城西国際大学水田美術館(2004)

 

齊藤惇《泰山木》1958年 第43回院展
美術館そばの浜辺です。
美術館建物のログハウスです。
ログハウスそばの駐車場です。7台分あります。

日本美術院特待、千葉美術会常任理事、千葉多摩美会長であった日本画家齊藤惇の画業を紹介する美術館です。

A Museum Dedicated to Atsushi SAITO, Japanese -Style Painter, and His Family
右より齊藤幸子、齊藤惇、齊藤泰嘉、齊藤泰一、齊藤(鈴木)美絵子、千葉県佐倉市野狐台、1959
1階吹き抜け展示室
大原漁港裸祭り 2017
白浜海女祭り 2017

米国大使館でのカレン・ペンス副大統領夫人歓迎会